病気でなければいいのに

 新型コロナウイルス対応のため、いえ、正直に言うと自分の筆無精のためブログの更新が滞りました。

 楽しみにしている!という方も居られまいとも思うので、マイペースでいきます。

 

 今回は「病気でなければいいのにと言う気持ち」についてです。

 

 健診や定期診察でおこなわれる血液検査をします。担当医師がちょっと困りながら/憮然としながら/無関心そうに/、まあいろいろな医師の様子がありますが、検査値の異常値を説明されたとき、どんな気分だったでしょうか。

 大概は「まいったなぁ。」とか「どうしよう、、」とか「どうしたらいいんだ?」というような不安な気持ちになるだろうと考えます。

 言われ方によっては怒りの感情すらあってもおかしくありません。「なぜ自分が?」とか「健康的な生活を送っているのにありえない!」と考えたりもするでしょう。

 

 「あなたは病気です。原因は遺伝的な要因が大きく、いわば体質です。」

 

 このことを突然に突きつけられて平然としていられるわけがありません。

 後半の遺伝的な要因についてはさておいても、「あなたは病気です。」の部分だけでも、にわかには受け入れがたいものです。

 病気がどうかはおいておこう、これからどうしたらいいのか?どうすれば大事にいたらずにすむのか?と考えが進むでしょう。

 担当医師も飲酒/過食/塩分摂取/運動習慣等について聞いてきますから、いわゆる生活習慣を何とかしなければと考えるのが当たり前です。

 ここでさらに「これは生活習慣病というもので、、」といった内容を説明されると、「私の生活習慣のせいで検査値がよくないんだ!」と考えたくなるのも自然です。

 「私は病気でなければいいのに。いや、病気ではない。たまたま今までの習慣がよくなかっただけなんだ。まして望まない遺伝的な体質があるかもなんて考えたくない。これは、自分の悪しき生活習慣こそがもたらした検査値だ。」

 こう考えると、検査値が改善されないときには「 病気じゃなくて習慣のせいだ 、悪しき生活習慣を変えられない自分のせいだ、自分が悪いんだ。」という気持ちにつながりやすいのでないかと考えます。

 

 病気を認めたくない気持ちが強かったり、体質について説明されていなければ、検査値異常は自分の生活習慣のせいであるから申し訳ない、といった気分になってしまうのではなかろうかと考えています。

 ちなみに今回書いたことは、15年前、体重がまさに90kgにならんとするとき、体重計の数字窓をのぞきこみながら自問自答していたことが基になります。